「横溝正史集 面影双紙」(横溝正史)

私にとっては宝物のような一冊

「横溝正史集 面影双紙」(横溝正史)ちくま文庫

「面影双紙」
薬問屋であった「私」の家には、
本物の人骨を使った骨格標本が
よく納入されていた。
あるとき女中のつるに言われて
店の骸骨を見ると、
そこには先年行方不明となった
父の足指の特徴が…。
友人R・Oが語る忌まわしい過去…。

横溝正史の作品世界の豊穣さを
再確認できたのは、
この一冊のおかげです。

「鬼火」
従兄弟どうしである
万蔵と代助の二人は、
幼い頃から激しい敵愾心を持っていた。
それぞれ画家となった二人は、
一人の女・お銀を取り合う。
代助を陥れ、お銀を奪った万蔵は、
しかし、汽車の脱線事故で
二目と見られぬ顔となる…。

「蔵の中」
雑誌編集長・磯貝のもとに
持ち込まれた素人原稿。
読むとそこには
誰も知らないはずの
彼の私生活が
まざまざと描かれていた。
書いたのは蕗谷笛二という青年。
その青年は肺を病み、
女性のように
美しい容姿をしているのだという…。

中学生から読み始め、
大学を卒業した時点で決別していた
横溝作品。
「ミステリーなど
社会人が読むものではない」と
勘違いしていました。
お高くとまっていたのでしょう。
反省しています。

「貝殻館綺譚」
月代を崖の上から
突き落として殺害した美絵は、
岬の監視小屋から少年が
一部始終を見ていたことに気付く。
美絵が寄宿している
貝殻館の中を見たいという
少年の願望を知った美絵は、
それを利用して
少年を死に至らしめる…。

「蠟人」
青年騎手・今朝治への
芸奴・珊瑚の想いは、
旦那の知るところとなる。
今朝治は無理矢理
残酷な手術を施された上、
放火犯として収監される。
珊瑚はチブスの病により光を失う。
珊瑚は今朝治への思いを
断ち切れず、蔵の中で…。

「山名耕作の不思議な生活」
風変わりな男として知られる
山名耕作は、
極貧の生活を送っているものの、
金をしっかり
貯め込んでいるという噂もあった。
山名と親しくなった「私」は、
彼の部屋の開いたままになった
引き出しからのぞいていた
手紙を読み…。

それが本書との出会いで一変しました。
天下のちくま文庫から
出版されているのだから、
決して低級な娯楽作品ではなかったと
確信しました。
読んで正解です。
あの当時読み落としていた
作品の中にこそ、
素晴らしいものがいくつもありました。

「双生児」
精神病学専門の博士の
研究室を訪れた「私」は、
ある女性の遺書を見せられる。
そこには双子の兄弟の
兄と結婚した女の、
恐るべき告白が書かれてあった。
「私が殺した男は、
私の夫なのでしょうか、
それとも
夫の敵だったのでしょうか…」。

「丹夫人の化粧台」
「気をつけたまえ、丹夫人の化粧台」
そう言い残して事切れた
友人・初山の死を看取った高見は、
そのままずるずると
丹夫人との交際を深めていった。
夫人との逢瀬を重ねた夜、
彼は意を決して
夫人の化粧室へと忍び込んだ…。

「妖説血屋敷」
菱川流家元に伝わる「お染様の呪い」。
そのお染様が屋敷で目撃された夜、
家元・とらが何者かに刺殺される。
そしてその初七日の夜、
今度は家元を継いだ
お千が刺される。
お千は自らの血で
「血屋敷」と書き残し、息絶える…。

ついに旧角川文庫の横溝作品を、
ジュヴナイルと時代物以外、
十数冊欠けていた巻すべてを
揃えることに成功しました。
現在、
一つ一つ丁寧に読み進めています。

「舌」
人通りも少ない薄暗い横町に
開いていた露店に
足を止めた「わたし」。
そこにはグロテスクな仏像や
胎児の標本など
奇々怪々な品物が並べられていた。
中でも「わたし」の目を引いたのは、
広口瓶に入った
正真正銘の人間の「舌」だった…。

「面(マスク)」
「起請」と題された絵。
それは遊女と取り交わす起請に、
美少年が
血判を押している絵であった。
展覧会でその風変わりな絵を
眺めていた「私」は、
老人から話しかけられる。
醜悪な相貌のその老人は、
絵の由来について語り始める…。

「誘蛾燈」
「蛾が舞いこんできやがったぞ。
誘蛾燈に誘われて」。
そうつぶやいた男に、
青年は尋ねる。
道一つ隔てた坂上に見える、
薔薇色の灯をともした建物。
男は静かに、
その屋敷に住む美しい女主人の、
世にも恐ろしい物語を語り始める…。

学生時代、
金田一耕助シリーズ以外の横溝作品は
単なる習作だとばかり思っていました。
改めて読むと、
横溝作品は戦前の短篇に
傑作が多いことに気付かされます。
大正から昭和初期にかけての
多彩な作風、
そして病床から復活後の耽美趣味、
そうした横溝作品本来の魅力が、
本書には凝縮されています。

「湖畔」
S湖畔で療養生活をしていた「私」は
ある老紳士と懇意になる。
いつも古風な洋服に
身を包んでいたその老紳士は、
ある日、宿屋の褞袍を着たまま
湖畔のベンチで死んでいた。
そして老紳士は、
町で起きた強盗事件の
犯人だという…。

「孔雀屏風」
出征中の従兄弟・与一からの手紙には
奇妙な依頼が。
同封した写真の女性を
探してほしいのだという。
会ったこともないその女性の姿が、
幼い頃より
瞼に浮かんでいたのだという。
その女性は家に伝わる
屏風絵の女とよく似ていた…。

「かいやぐら物語」
病を得て
南方の海辺での療養生活を
余儀なくされた「わたし」は、
真夜中の散歩途中で
貝殻を吹く女と出会う。
女は貝殻の吹き方を教えてくれた
青年のことを語り始める。
それは
蜃気楼(かいやぐら)のように
怪しくも儚い物語だった…。

残念なことに旧角川文庫と同様、
本書もすでに絶版状態です。
私にとっては
宝物のような一冊となりました。

(2019.4.21)

FinmikiによるPixabayからの画像

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